バンコク、ドバイ、鬱

ずっと溜めてたことを書きます。まさか自分が鬱病になるなんて。

初めての温かいキス

初めて女の子と手を繋いだのは何歳の頃だろう。

手を繋ぐことに、異性として胸が高なるようになったのは、いつだっただろう。


僕の初めてのキスは多分幼稚園生の時だ。父親が朝仕事に行く時、玄関で靴を履いた後、母親と交わすキスを毎日の様に見ていた。

いつも僕は両親のキスの後、父親に抱え上げ抱きしめられ、何故か見てはいけないものを見てしまったような緊張を覚えながら、でも嬉しかったのを覚えている。

そう、僕はあの瞬間、両親に包まれていた。


僕はそれを真似たかったのかもしれない。幼稚園生になった初めの年、幼馴染の女の子にキスをした。親がするように。

記憶はそこで途切れている。


唇と唇を重ね合わせる。

ただそれだけで身体中が、全身の毛穴が騒ぎ出す。

悩みやそれまでしていた下らない話はどこかへ吹き飛び、ただ二人だけの時間が支配する。

吸い寄せらる、どこまでも。

彼女から発せられる10代の女の子独特の甘くて、ローズシャンプーの香り。

僕の神経は唇に支配され、ただ吸い寄せられていく。


まだ小さかったあの頃、両親が玄関でしていたキスはそんな優しさに包まれていたのだろうか。


僕の真剣な二回目のキスは、予備校の校舎の横にあった回転式の駐車場で訪れた。


管理人もいないその駐車場は、普段はその地下にあるバーが開店する前の昼間に運ばれてくる食材置場と化していて、僕らには丁度良い暗がりでいつも煙草を吸う場所になってた。大検予備校とは言っても、生徒は下は15歳から上は26歳くらいまで居たので、申し訳なさ程度に一階フロアーに灰皿が置いてあったのだけど、前の年、調子に乗った17歳がボヤ騒ぎを起こして以来、予備校内は完全喫煙になってしまったんだ。

その調子に乗った奴と僕は9月に知り合い、遊ぶ仲になったんだから、不思議なものだ。


彼女を初めて見た時は、その顔立ちと肌の白さから彼女はまるで日本人には見えず、帰国子女向コースの一人だと思っていた。

どちらかというとロシア人的な顔立ちで、でも少し服装は控え目で。


彼女は、元々山形に住んでいたが、中学校で教師をしていた母親が離婚し、別の男性と再婚したのを機に高校を辞め、東京に1人出てきて、川口で一階に八百屋があるアパートを借りて暮らしていた。離婚の話が出たあたりから高校に通わなくなったらしい。


朝、いつもタバコとアルコールを持ち、道端に座ってる僕らを無視して、典子は校舎の玄関を開け、真面目に毎日授業に出ていた。

16歳で親から遠く離れ暮らす、一体どんな気持ちだったんだろうか。自由、淋しさ、恐怖、色々なものが混ざり合いながら彼女はあのアパートで1人で起き、学校に通い、僕が友達と酔っ払い道で叫んでる間、夜どこからともなく聞こえる物音に怯えながら生活してたんだ。


そんな僕らが話すようになったキッカケは偶然にも、お好み焼き屋の阿部ちゃんだった。


しょっちゅうさ、ランチに来てはお前のこと話してる女の子がいるんだけどよ、知ってるか?あのハーフみたいな子だよ。お前と同じ大検だろ?


夜になっていつも通り、一番乗りで店に入り、お好み焼きを頼んで、出されたビールを飲んでいると、手際よく、割った生卵を丸く鉄板の上で鉄ベラで延ばしながら、阿部ちゃんがニヤニヤした顔で言ってきた。


おめーら、若くていーな。

俺なんて、あれだ、店終わったら新宿行ってスチュワーデスコース90分で楽しんで、後は家で犬と抱っこして寝るだけだぞ。


阿部ちゃんはどうみても女性から好かれるタイプで、男の僕ですら彼の人柄に夢中になってたというのに、こうやって、ユーモアたっぷりの自虐ネタで店にくる女性客を引っ掛けてるんだろうな、とその時、思ってたんだ。


それから何日後かの昼。

僕は珍しく朝から授業に出て、勉強をした。なんとなく阿部ちゃんのあの晩の話が気になったのかもしれない。授業終了のチャイムが鳴り、僕は阿部ちゃんの店に向かった。


いらっしゃい。


阿部ちゃんの変わらぬ威勢のいい挨拶に僕は自然と背筋が伸びた。


いつものヤツでいいよな?なんてやり取りをしていると、店の入り口の引き戸が開いて、女の子のグループ3人が入ってきた。


典、お前こっちに座れよ。

ほら、いーから。


阿部ちゃんは何を思ったのか、カウンター席に座る僕の隣の空席を指差して、1人を呼んだ。


授業は今日何出たの?

そんなたわいもない会話が彼女との初めて交わした言葉だった。


名前は典子。僕が普段から彼女をロシアと読んでるのを典子は知っていた。純粋な日本人で今17歳。

何となくぎこちない会話をしながら、僕は心の中で肌白いよなあ、なんてどうでもいいことを思いながらお好み焼きを食べた。


いつも、お酒のんでるでしょ。

止めた方がいいよ。怖いよ、酔っ払って朝から。


じゃあ、お前飲まないの? 


私はカルーアミルク好きだよ。

大好きな歌のタイトルになってるんだ。凄く好きでいつもCD聴いてるんだ。


いつの間にか、昼になるとどちらとなくお腹すいた!と誘い、阿部ちゃんの店のカウンターは僕らの専用席になっていた。


その日の夕方、典子の授業は夕方3時で終わり、僕らは駐車場のところに座り、話をした。

学校を辞めた理由、親が離婚して、再婚相手に2人も子供がいて馴染めず、大検受験を言い訳に東京に一人で出てきたこと、普段くだらない日常の話しかしなかった僕らが初めて、誰にも見せない姿を口にした時間だった。


どちらとなく手がふれ、手を握る力は優しくて、でも強くて、気づくとお互いに身体を抱きしめあっていた。


伏目がちにお互いを見つめる。

典子は身長が164センチで僕より14センチ程、小かった。

それでも、いつか見た朝の玄関での父親と母親が交わしていたキスのように、少し顎を引いて下を向くと、そこには彼女の唇があった。

抱きしめては少しだけ離れ、離れては、さっきより距離を縮めて、そんなことを何時間してただろうか。


ふとした瞬間、僕の頭は彼女のことで一杯になった。ただ、目の前にいる彼女が僕の心に入ってきて、僕の隙間を埋めた。


そして僕らは少し暗くなり始めた駐車場で初めてのキスをした。


代々木の駅までの距離、お互い少しでも離れない様に身体を寄せ合い、歩いた。外は暗くなってたけど、アルコールも煙草もやらなかったけど、どうでも良かった。




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